© 2017 by Saemi Nakamura

昔の記憶に見る思考グセ

December 24, 2018

 アメリカでは、この金曜日からクリスマスのホリデーウィークエンドです。この週末は、帰省するたくさんの人たちで空港はごった返しています。対照的に、街中は、車の量も激減し、普段は混み合うレストランも閑散としています。

 

クリスマスを祝う人たちは、25日の朝に、家族みんなでリビングルームに集まり、サンタクロースがクリスマスツリーの下に置いていってくれたプレゼントを開けるのが習慣のようです。

 

子供達の反応はふたつに分かれます。期待していた、または、期待した以上のプレゼントをもらって満足して喜ぶか、それとも、欲しいものじゃなかったとガッカリしたり、他の兄妹の方が良いものをもらったと感じたり、または、弟や妹と仲良く一緒に使いなさいとオモチャをひとつだけもらったときなど、腹を立てて、「ナンでぇ〜!」と憤慨する子どももいます。そして、感情的な子供の脳は、そうした体験を、「傷つけられた」とか、「ウチは貧乏で惨めな子供時代だった」などと記憶することがあります。

 

私の場合は、(お恥ずかしい話)後者の方でした。私には、2歳違いの姉と弟がいます。幼い頃からたくさんお年玉をもらっていたのですが、どういうわけか私と弟は同じ額なのに、姉だけが余計にもらっていたのがおもしろくありませんでした。年齢の差ということであれば、姉が3千円で、私が2千円で、弟が千円であったもいいはずなのに、なぜ、姉だけが2千円もらえて、私と弟は千円なのかがどうしても納得いかずに、ある年、父に訴えてみました。父は、まだ6歳か7歳だった私が、鼻息荒くお年玉の値段交渉にかけ合うのをおもしろそうに聞いていて、「そうか、おまえがそう言うのであれば、来年からは3人とも同じ額にしよう」と決定をくだしました。

 

そして、翌年からは、父は約束どおり三人に同額のお年玉をくださいました。しかし、私はそれでは満足しませんでした。胸の内では、「そうじゃないよ!私と弟の額が同じじゃダメなんだってば〜!」と叫んでいたのです。弟のお年玉の額を自分のよりも下げて欲しいというのが本音だったのです。(なんという傲慢ぶり!)

 このような遠い昔の思い出にすら、思考グセを見つけることができます。私の子供ごころは、お年玉をもらって嬉しいと感じるのではなく、弟のお年玉の額を下げてもらい、自分と差をつけてもらうことによって優越感を感じたかったのです。

 

私たちは、自分の脳を通して周りの世界を認識しているので、自分のなかの物差しを基準に、さまざまなことを判断しています。そして、幼児期の脳は、「自分だけ」という特別感や優越感が大好きなのです。しかし、この思考グセが修正されないまま大人になってしまうと、どんなことが起こるでしょうか?

 

大人になっても努力をしないで特別感や優越感を求めていると、私が弟のお年玉の額を下げて欲しいと思い願ったように、周りの人たちの粗探しをしたり、バカにしては見下すことをはじめます。周りを落とせば、自動的に、自分が上にあがったような錯覚に陥るからです。

 

しかし、この思考グセが慢性化すると、「人は心の鏡」といわれるように、今度は、自分が周りの人たちからバカにされているのではないか、批判されるのではないかと、常に気を張るような状況が現象化されてきます。そして、職場で何かを言われれば「否定された!」と怒りを感じて、「自己防衛しなくちゃ!」「やり返さねば!」といった強迫観念にかられることが増えてきます。そうしてエネルギーを消耗して苦しくなったときに、変わりたいと思えるといいのですが、そのままでいれば徐々に自信も萎えてきて、心細さに恐怖さえ感じるようになってしまいます。

 

ですから、子供の頃にできた「もらえて当然」「してもらって当たり前」といった思考グセは、早いうちに抹消するか、能動的なものと差し替えておくことをお勧めします。「欲」は、決して悪いものではありません。むしろ「欲」の強い人ほど意欲や向上心といった前に進んでゆくエネルギーも高いものです。ただ、その「欲」を他人に満たして欲しいという依存心や受け身の姿勢が、後々、問題を生み出してしまうのです。

 「してもらって当たり前」、と勘違いしたままでいれば、何をしてもらっても素直に喜べないですし、感謝ができないために、どれだけの恩恵を与えられても心が満たされない状態にとどまります。しかも、いつまでも「やってもらえる」まで待つ受け身の状態のままですと、自分の力で成せることを学べません。それでは、能力も上がらないままで、もったいないですね。もしも、自分にこうした思考グセがあることを認められれば、自分のなかの基準を高めるために、「自分で手に入れる」ということを意識して選択、行動ができるように努力をすることで、自信もついて、既にあるたわわな幸福にも気がつけるようになります。

 

そのためにも、来年の目標をたてる前に、既にある恩恵に気がつくことも大切だと感じます。周りの人々を下げるために掘った穴の底か、「もう充分に恵まれた私」という明るい立ち位置から目標を立てるのでは思いつくことも違ってくるでしょう。より現実的で達成し甲斐のある目標を思いつけるのではないかと考えます。

 

生きることの99%はプロセスです。目標を成し遂げたり、結果を生み出す瞬間というのは、人生全体に比べれば、ほんの微々たる時間です。人生は、そこまでの道のりを、何を見据えながら進んでゆくかでその面白みが違ってきます。

 

皆さまも、2019年を、素敵な目標をたくさんもって、喜び多き、やり甲斐のある一年にされてくださいませ。

 

https://www.saeminakamura.com/about-saemi

 

 

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